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2016.12.29     カテゴリ:  御挨拶など…… 

   ありがとうございました m(__)m




皆様、こんにちは。

一年経つのが本当に早いですね。


この記事で、今年の更新は最後にさせていただこうかと思います。





では、今年いろいろ撮ってきた写真、ちょっと振り返ってみます。





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雪が積もった日の夕方……










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『のとじま水族館』のジンベイザメ……大きかったなぁ~~

それにしても、この炬燵……衝撃的だった(笑)











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夕焼けに佇みシャッターを切る……











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しばらくブログをお休みした期間があった。

皆様の温かい言葉に助けられました。
本当に嬉しかったです m(__)m



……










そして、東京に行く機会があり……






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ガンダム……もう、感動したよ(笑)











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ライトアップされた東京タワ―

ド迫力に圧倒された……(@o@;)











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富山市ガラス美術館……たくさんの大きなガラスの玉。












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春には桜が咲き……












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そうそう、久しぶりにクレオメを撮った。












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ガクアジサイが好きだ。












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たまには田舎の風景も撮り……











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大人~~な、ユリに魅かれた。












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ハスの花……暑い日だったなぁ











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秋……アサガオが咲いてた。











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金魚……とっても幻想的~~♪











そして、今年は九州に行く機会があって……




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長崎の平和公園……原爆の悲惨さを強く感じた。













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軍艦島。

廃墟……いろんな建物があって、そしてその歴史……本当に凄かった。











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ゼロ戦……特攻隊員の手紙に涙……




……










いつも訪問していただいてる皆様……そして、拍手やコメントをしてくださる皆様。
感謝の気持ちでいっぱいです。


今年一年、本当にありがとうございました。
来年も宜しく御願い致します。


それでは皆様、よいお年を…… m(__)m

2016.12.25     カテゴリ:  九州 

   ゼロ戦…涙……そして富山へ【九州編・最終回】




さて、九州のお話も今回が最終回です。




早速、ゼロ戦を見ていきたいと思いますが、
その前に言っておきたい事があります。


ここ『大刀洗平和記念館』には、ゼロ戦のほかに、いろんなモノが展示されています。



……




特攻隊員の顔写真が名前と年齢入りで、たくさん並んでいました。
そしてそれぞれの、家族に宛てた最後の手紙が展示してあります。

その内容が、また……もう、読んでると涙が出てきます。



数時間後に来るであろう自分の運命を受け止め、
家族……とりわけ母に向けての最後の言葉……


『初めて親孝行いたします』

『唯々喜び勇んで行き 笑って突入致します』

『今夜いよいよ出撃することになりました 元気でやってきます』

『先に行きますが、どうか悲しまないで下さい』

『御国の為に頑張ってきます』


弟に対しての言葉では……
『弟へ 頑張れ努力 而して國家有為の人物たれ 母上への孝養頼む』

……


内心は凄い恐怖だったと思います。




自分のお腹を痛めて産んだ子……小さい頃の無邪気な笑顔……
そんな息子が、恐怖と戦う感情を抑え、且つ家族に気を遣わせないように綴った最後の言葉。

それを読む母の心境は、どれほどのものだったでしょう……



あらためて、酷い時代だったと痛感させられます。






それでは、その特攻隊員が短い人生の最期を迎えた場所………ゼロ戦コックピットです。





……










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何もかもが、むき出しの状態だ。

シートに丸い穴があいている……その他の場所にも、いくつかの丸い穴。
これは機体の軽量化のためだと推測する。











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シートの前には、床からレバーが伸びている。

シートに座ると脚の間にある状態……これを前後に動かして、機体を上下させたのだろうか……











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シートの左下……前後にスライドさせるツマミなどがある。

何を操作するものだろう……











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コックピット前方……たくさんの計器が並んでいる。











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抜け落ちてたり、割れていたり……どの計器も、まともな状態のモノは無い。







下の方を見ると……




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これは……両足のつま先を入れて操作するようだ。





……

















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このコックピットへ向かう時の心境は、どれほどのものだっただろう……












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ゼロ戦にとって大切なのは、その運動性能……軽量化は、その生命線だ。

機体の装甲は、相当薄かったらしい。











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人生の最期が、ここからの視界……




……










外に出た。





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綺麗な空だ……
しかし、特攻隊員たちは、そんな気持ちで空を見ることはなかっただろう。


先人たちの努力や犠牲があって、今この現在がある。

気持ちよく空を見上げることができる今があることに感謝するとともに、
二度と、このような悲しい出来事が起こらないよう強く願うばかりだった。




……










これで、九州とはお別れ……福岡空港から羽田に向かいます。

そして、羽田空港から富山へ……







飛行機は飛び立ち、窓から下を見ると、









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キラキラと光る街が見えた……





……












九州は長崎・福岡の旅……本当にいい経験でした。

なんとなく知っていたつもりでも、実際に現地に立って見てみると、
あらためて、その内容に驚かされたりします。

九州の記事……書いていくうちに、大変長くなってしまいましたが、
最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました m(__)m

2016.12.21     カテゴリ:  九州 

   これは、いったい……(@_@;)【九州編】




さて……バスに乗り、この九州の旅行で最後に立ち寄ったところ……




ここです。



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福岡県 朝倉郡 筑前町にある『太刀洗(たちあらい)平和記念館』です。



かつてこの地には、旧陸軍が東洋一を誇った太刀洗飛行場を中心とする一大軍部が存在し、
歴史的な役割を果たしながら大きく発展していきます。

しかし、昭和20年(1945年) 3月、米軍の大空襲により壊滅的な被害を受け、民間人を含む多くの尊い命が奪われました。
また、この飛行場は特攻隊の中継基地として、
数多くの若き特攻隊員たちの出撃を見送った場所でもあります。

このような多くの尊い犠牲のうえに現在の平和と繁栄がある事に深く感謝し、この筑前町立太刀洗平和記念館を
「平和への情報発信基地」として、平和へのメッセージを発信し続けたいと考えております。

太刀洗平和記念館パンフレットより抜粋










では、中へ入ります。




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いきなり、2階から俯瞰した画になります。

あそこに見えるのが『零式艦上戦闘機三二型』の唯一の現存機……そう、本物のゼロ戦です。


この館内は、基本撮影禁止なのですが、このゼロ戦だけは撮影が許可されています。










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戦後、マーシャル諸島のタロア島のジャングルの中で発見され、1983年に日本に搬送されたそうです。

機体は、相当痛んでいたので、修復は大変難航したらしいです。











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あそこに階段があります……そう、コックピットの中を覗けるようになっているんです。











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それでは、階段を上がって行きましょう。



……









と、ここまで記事を書いていたんですが、
記事に使った写真で気になるものを見つけました。






3枚目の写真……見やすいようにコントラストと明るさを変えて見てみます。(トリミングしてあります)






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上の方に、薄っすらと白い玉が、いくつも写ってる……

レンズ表面にホコリが付いていたとしても、写真には写らないはず。
もちろんフラッシュは使ってないので、空気中のホコリが写ってるわけでもない……









同じアングルから撮った別の写真。


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今度は、少し大きい白い玉が写ってた。






この地は、米軍の大空襲により多くの尊い命が奪われた場所。
そして、数多くの若き特攻隊員たちの出撃を見送った場所。

館内には、特攻隊員の遺品も多数展示されている……そして、本物のゼロ戦……






もしかして、これが『オーブ』というやつなのか?


『オーブ現象』または『玉響現象(たまゆらげんしょう)』
主に写真などに映り込む、小さな水滴の様な光球である。肉眼では見えず写真でのみ確認される。
科学的にはフラッシュ光の空気中の微粒子による後方散乱が写り込んだものと解釈されるが、
心霊的観点から解釈がなされることもある。
Wikipediaより抜粋





くどいけど、フラッシュは使っていない……







この記事の、4枚目の写真も同じようにして見ると、



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こっちにも、たくさん写ってる……









5枚目の階段の写真のアップ。



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階段の上に、大きな白い玉……





・同じレンズで撮っても、玉の位置や数、大きさなどは写真によって違っている。

・この前後に、同じレンズで撮った他の写真には写っていない。

・白い玉が写っているのは、このゼロ戦の周りだけ……





……












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凄い時代を生きてきたゼロ戦。

いろんな人の想いが染みついているのかもしれない……












この白い玉の現象の理由が分かる方がおられましたら、
教えていただければ嬉しく思います。 宜しくお願い致します。 m(__)m




次回、このゼロ戦のコックピットを見ていくとともに、
長いこと続けてまいりました九州旅行のお話……最終回となります。

ありがとうございました。

2016.12.18     カテゴリ:  九州 

   快晴~そしてレトロな街にて……【九州編】




旅行も最終日となると、寂しくなってくる……しかたないよね (・_・;)


さて、今日は富山に帰る日……あまり時間がありません。

早速、バスに乗って移動です。





着いた先は……ここ、




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福岡県 北九州市の『門司港(もじこう)』です。

そして、このあたりの中心市街地を『門司港レトロ』といいます。


『門司港レトロ』とは、
福岡県北九州市門司区にある観光スポット。
JR門司港駅周辺地域に残る外国貿易で栄えた時代の建造物を中心に、
ホテル・商業施設などを大正レトロ調に整備した観光スポットで、国土交通省の都市景観100選を受賞している。
Wikipediaより抜粋




ということで、レトロな外観の建物が、いくつも建っています。









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『旧門司三井倶楽部』です……大正10年に三井物産の社交倶楽部として建てられました。
内装はアールデコ調の大正モダンという感じで、各部屋に暖炉が付いています。

現在、ここの1階がレストランになってまして、お昼はここで食べました。



そういえば……

大正11年11月17日、講演のために来日したアインシュタイン博士夫妻がここに宿泊したそうです。
今もその部屋は、そのまま残してあるとのことでした。






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いい天気……アインシュタインも、こうして見上げたりしたんだろうか……

ふと『E = mc2』(←相対性理論の式) が頭に浮かんだ………………ちなみに意味は…わからない(爆)











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これは……大正と平成が同時に存在してる違和感 (^_^;)

画面下、手前の建物が『国際友好記念図書館』
後ろの高いビルが、高層マンションの『門司港レトロハイマート』です。







違う角度から……





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シンプルでカッコいい……これを設計したのは建築家の『黒川 紀章』

最上階(31階)には展望室があって、屋上にはヘリパッドがあります。 (最高部 127m)


上の方に住んでると、見晴らしがいいだろうなぁ~~
んで、「ちょっくら出掛けるか……」なんて言って、ヘリコプターで出掛けてみたいもんだわ(笑)










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あ、橋があった。








実はこの橋……





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船が来ると、約24mの親橋と約14mの子橋が水面と60度の角度に跳ね上がる……そう、『はね橋』なんです。

名前は『ブルーウィングもじ』……でも、時間が合わなくて、橋が上がった状態は見れませんでした(>_<)











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こちらの建物が『北九州市旧門司税関』です。







中に入ると、面白いものがありました。





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これ、ベンチなんです……そんなふうに見えないけど(^_^;)
初めて見るデザイン……でも、これは私、説明を見なくてもわかります……富山出身の家具デザイナー『藤江和子』の作品です。


なぜ分かるのかというと、

藤江和子のベンチ……『くじらシリーズ』といいまして、
少しずつ形を変えた積層合板を並べていって、全体の意匠が構成されるのが特徴なんです。

この他にも、各地にいろんなデザインのベンチがありまして、富山にも作品があります。




……










外に出ました。




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いやぁ~~気持ちのいい天気だな~~♪

左に見える広い建物は『海峡プラザ』……食べ物屋さんや、お土産物屋さんが、たくさん入っています。






中をちょっと見てみると、





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わぁ~~綺麗なガラス細工がたくさん並んでいます~~\(^o^)/

こんなお店で見ていると、あれもこれも欲しくなっちゃうよね……(^_^;)






さぁ、もうそろそろバスに戻らなくっちゃ……外に出て歩き始めます。





ん?、何やら視線を感じるぞ。

気になったほうを見ると………………お前か! 前回と同じような展開……(・_・;) スミマセン




よ~~し、そこを動くなよ……ちゃんと撮ってやるぞ。


パシャッ! (←シャッター音)










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あはは、そんな緊張した表情しなくてもいいよ。

ちゃんと撮れたぞ、ハト君……ん?よく見ると、なかなかイケメンだな、お前……(笑)



……








さて、それではまたバスで移動です。

次の目的地……この旅行の行程の中で、最後に立ち寄るところとなります。








九州のお話、続きます。

ありがとうございました。

2016.12.15     カテゴリ:  九州 

   朝のお散歩♪【九州編】





軍艦島を後にして、長崎港に戻ってきた。



ここから、バスに乗って移動だ。


長崎とも、これでお別れ……
大浦天主堂…グラバー邸…平和公園…亀山社中跡…長崎新地中華街………そして、軍艦島。

とても楽しくて……有意義、且つ濃密な時間だった。






さて、次に行った先はというと……ここだ!






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福岡県福岡市の博多で~~す(^o^)

ここは、那珂川(なかがわ)……そして、この川の左側一帯が『中洲』であります。


『中洲』とは……
九州最大の歓楽街であり、大阪・北新地と並んで西日本一の歓楽街ともされる。また、東京の新宿・歌舞伎町、札幌・すすきのと合わせて日本3大歓楽街と称されることもある。
Wikipediaより抜粋




もうすっかり日が暮れて……夜、もつ鍋を食べ、その後少し中洲を歩きました。
とっても賑やか……そして、10mも歩かないうちに、客引きのおにーさんに声を掛けられます。

「ウチの店どうですか~~」とか……「いい娘いますよ~~」とか……



そんなこんなで夜は更けて……

ま……居酒屋で飲んでたんだけどね (^_^;)




……










知らない土地に泊まると、何故か朝は早く目が覚める。


ということで……朝起きると、その辺を散歩することにしました。








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那珂川……昨日の夜の派手な雰囲気とは、全然違うな……(^_^;)








中洲の街を見てみると……






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やっぱり、夜のド派手な雰囲気は微塵もない……朝の空気はスッキリとして気持ちがいいね♪

あ……仕事帰りっぽい、おねーさんが歩いてる(^_^;)







では、朝の中洲を散歩しながら見て行こうかな。





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バーの看板……カッコイイなぁ








メインの通りじゃなくて、裏通りも見ていくか。





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うん、いいぞいいぞ……こんな感じが好きだ。











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ふ~~む……ここは、なかなか綺麗な通りだ。











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こんな看板類はレトロ感がある。

こういった店たちは、昔からあるんだろうな……








ふと、横を見ると、




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地下へ降りて行く階段……なんかコワイ……(@_@;)












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あはは、人形小路か……名前がいいよね。











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むむっ!この店、なんてサイケな雰囲気……レゲエでも聞こえてきそうだ。

そして、この人形!相当疲れてるぞ……目が充血してるもんな (・_・;)








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樽……空き瓶……うん、いい感じだ。



……






さて、もうそろそろホテルに帰るか……と思った私の目の前を横切る者が!


慌ててカメラを構えシャッターを切る。





パシャッ! (←シャッター音)











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黒ネコだった (^_^;)……

『黒ネコ君、おはよ~♪』 そう言う私を無視して歩いて行く黒ネコ(笑)
しかし、この写真……ピントがずれて、さらに微妙に手ブレもしてるという、合わせ技を駆使した写真だ……(爆)


まぁ、こんな日もあるさ……昨日、結構飲んだもんな (・_・;)





さて……九州も三日目、この旅行も最終日となりました。

最後まで楽しくいろいろ見ていきたいと思います。







九州のお話、続きますm(__)m

ありがとうございました。

2016.12.12     カテゴリ:  九州 

   軍艦島・最終回【九州編】





なんだか、あっという間だった……





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さっきまで、あの島にいたんだな……


これで、軍艦島ともお別れだ。







目を閉じると……





……













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軍艦島……この地に私は立っている。

目の前に広がる光景……これは現実?……とても信じられないくらいだ。












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誰もいない……











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閉ざされた島……閉ざされたトンネル……

いろんな想いが、この島に閉じ込められているようだ。












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朽ちていくってのは、こういうことなんだな……












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見るもの全てが、心にズ――ンと響いてくる。











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空がとても広い……


静かだ……そう、ここには人工的な音は一切無い……まるで時間が止まったかのようだ。

耳に届くのは、かすかな風の音だけ……





軍艦島……その特異な生い立ちや歴史。

閉山……廃墟……


こんなところ、世界中のどこにもありゃしない。












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たくさんの人が、毎日この道を歩いて行ったことだろう。

しかし……今、この島の歩みは完全に止まっている。












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なんだろう……懐かしさが胸にこみ上げてきて……












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いろんな人がいて、それぞれの家庭があった。

たくさんの人の想いが取り残されたまま……











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この黒ずんだ階段は、この先もずっと忘れることは無いだろう。





……












目を開けると……










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軍艦島……

ありがとう、本当に凄かったよ。





少し寂しげなシルエットが、あっという間に遠くなっていく……





……













~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


軍艦島のお話……最後まで見ていただいてありがとうございました。


今回、軍艦島に行き、こうして記事を書いて、本当に良かったと思っています。
自分自身も、この島のありあまる魅力を再認識することができました。

実際にその地に立たないと、感じれなかったモノがあるように思います。
それが少しでも多く伝われば……と思いながら記事を書きました。


この記事が、皆様の軍艦島に興味を持っていただけるきっかけになったり、
ちょっと遠いけど、是非行ってみたい……とか、
また、行くきっかけになってもらえたら、本当に嬉しく思います。





軍艦島のお話は、これでお終いとなりますが、
九州のお話は、まだ続きますm(__)m

ありがとうございました。

2016.12.07     カテゴリ:  九州 

   軍艦島・その5【九州編】




軍艦島に来たときは、東側から近づいて、そこにあったドルフィン桟橋から上陸した。


そして上陸しての見学が終わり、船に乗ってそのまま帰るのかと思ったら……





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今度はこちら……西側(外海側)に回って、海上から島を見せてくれます。
ゆっくり移動していく船……ガイドさんの説明が聞こえてきます。



しかも……

最初は、船の右舷側を島の方に向けて移動し、
端っこまで行くと、Uターンして今度は左舷を島に向けて、また同じ説明をしてくれます。

なので、船の左右どちらに乗っても、ちゃんと島を見ながら説明を聞くことができます。
ホント丁寧……ちょっと感心しました。



それでは、見ていきましょう。



……










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う~~む……見れば見るほど、堂々とした佇まいだ。


ところで……ここまでくると、一つ面白い事が分かる。

こちら側は外海側……つまり、より強い波の影響のあるエリアに、社宅がたくさん建てられている。
この反対側……日本に向いている、比較的、波の影響が弱いエリアに炭鉱設備がある。

つまり……
安全な方に、炭鉱設備。
危険な方に、住宅などの生活エリア。

まさに、炭鉱ありきという、現実的……且つ、シビアな考え方が垣間見える。










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たくさんの材木が……

コンクリート造の建物は残っているけど、大半の木造建築物は、長年の風雨により倒壊している。











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ベランダの手摺……木製だったんだな……

寄りかかると、バキッって折れそうだ。










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小高いところに、ポツンと建っているのを見つけた。










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ここが『端島神社』だ。
木造の拝殿は、もう全壊していて無いが、この本殿だけが残っている。

一見、小さく見えるが、結構大きい……高さは、約4.5mもある。



そう……この軍艦島、たくさんの建物があって、それぞれ○○号棟と名前が付いているが、

実は、この『端島神社』こそが 『1号棟』 なのだ。


常に危険と隣り合わせの鉱員たち……家で待つ家族……
ここの島民にとって、安全祈願と慰霊の場所である神社を『1号棟』とする気持ちが、よくわかるような気がする。










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軍艦島の端まで来た。




ん?……








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壊れた護岸を補修してある……

沖にポツンとある島……しかも、テトラポッドのような消波ブロックは、ほとんど無い。
荒れる海……高い波……護岸の負担は相当なものなんだろう。







ここから見える建物……



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左下……壁に少し薄い緑色が残っているのが『69号棟 端島病院』
その右横……小さくて白い建物が『68号棟 隔離病棟』
そして、右上の大きい建物が『65号棟 鉱員社宅』


この狭い島……伝染病がとても怖い存在だったと思う。
病気が広まると、島の機能がストップする恐れがある。

戦前は、汚水処理などの衛生面が悪く、赤痢などの伝染病患者が、この『68号棟 隔離病棟』に収容されていたりしたらしい。








少し、アップで見てみる。



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1958年(昭和33年)建設の『69号棟 端島病院』

外壁が、薄い緑色をしていたのがわかる。
これは、樹木などの『緑』が少ないこの島に、少しでも『緑』を……という思いからだそうだ。


島内唯一の病院。
たくさんの人が、ここで亡くなっていったことだろう……










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1945年(昭和20年)建設の『65号棟 鉱員社宅』だ。
全部で317戸……軍艦島の中で最大の社宅。

10階……屋上には保育園(幼稚園?)があり、最盛期には、220人を超える園児がいたらしい。


……



そして、この軍艦島……なんと、家賃や電気・ガス・水道代などは全て無料(会社負担)だった。
普段の生活費で掛かるのは、食費ぐらい。

そこへ持ってきて、過酷な労働に見合った高収入……
なので生活自体は、非常に裕福だったとのことだ。


1950年代後半の『三種の神器』の全国普及率。
・白黒テレビ……10%未満
・電気洗濯機……約20%
・電気冷蔵庫……3%未満

なのに、ここ軍艦島では、ほぼ100%!……ほとんどの家庭に、この『三種の神器』が普及していたらしい。



もう、何から何まで特殊な島だ。




……










軍艦島クルーズ……見学の行程は、どうやらここまでらしい。



お別れの時が近付いてきた……











軍艦島……次回、最終回です。

ありがとうございました。

2016.12.03     カテゴリ:  九州 

   軍艦島・その4【九州編】





軍艦島……見るもの全てが興味深い。





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これは何だろう……錆びた鉄を、クシャクシャに丸めてあるみたい……











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錆びた鉄筋……





……






ん?……もうそろそろ船に乗る時間らしい。

名残惜しいけど仕方ないよね……







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帰りもなんとか2階の席に座れた。






海の方を見ると……





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こちらとは違う船が来てる。




そうでした……軍艦島クルーズをやっているのは、数社あるようで……(^_^;)

なので、今まで私が説明してきたクルーズ内容は、
運営している業者によって違うことがあるかと思いますので、その点はご了承のほどお願い申し上げます。





そういえば、チケットが2枚あったな。


1枚は乗船券で、もう1枚は……




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『長崎市端島見学施設』の利用券、となっている。







やがて船は出発し……








島から少し離れたところまで来た。



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それでは、海上から軍艦島を見ていきましょう。



そうだ……あれを紹介するのを忘れてた。

画面真ん中、高いところに建っているのが……








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『貯水槽』……そして左に建っている白いのが『灯台』です。


軍艦島の水事情……初期のころは、なんと、海水を蒸留していたらしいです。
その後、給水船で水が運ばれることとなり、この『貯水槽』に蓄えられ、そこから各家庭へ配給されました。

最終的には、対岸から海底送水管が敷かれて、送水される環境になったそうです。




そして『灯台』……

これ、軍艦島が稼働しているときは無かったんです。
というのも、軍艦島は24時間休みなく稼働していたので、夜中でも電気がいたるところに点いていたそうです。

まさに不夜城!……なので、灯台の必要性が無かったということです。


しかし、炭鉱の閉山によって島が無人島になると当然真っ暗……そこで、灯台が建てられることとなります。

この灯台……正式名称は『肥前端島灯台』
現在の灯台は2代目になってまして、強化プラスチック製だそうです。

ちなみに、電気設備も無いので、電源は太陽光発電です。











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島の先端のあたりからの風景……前回の記事で紹介した建物が見えますね。

画面右下、小さい建物が『仕上工場』
その横、黒っぽくて四角い建物が、日本最古のRC造(鉄筋コンクリート造)『30号棟』
画面下、半分から左……白くて横長の建物が、防波棟の役割もあった『31号棟』


こんな感じで、いたるところに社宅などがたくさん建っていまして、
当時、その中には、いろんな施設があったりしました。






……














炭鉱で栄えた軍艦島……

その昔、この小さい島で生活のすべてが賄えるようになっていた。
もはや、完全に機能している一つの都市…… 一つの世界……


職場があって、住むところがある。
子供には学校……病気やケガをすれば病院

そのほかにも、神社・派出所・郵便局・理容店・共同浴場・マーケット・映画館・パチンコ店・スナック・料理屋、他いろいろ……


貴重な資源を採取する重要な島……都市機能としては、本土より充実していたのでは、と思う。

何不自由なく、無いものはない、と言えるほど…………かと思っていた。






が、しかし!

実は、この軍艦島にも無いものがある。






それは……


















『火葬場』『墓地』だ。

それらが身近に無くても、炭鉱は稼働し……生活もしていける。
狭い敷地に、そこまでの余裕は無かったのだろう、と推測する。




では、一体どこに……



軍艦島から、北北東へ700m……すぐ近くの『中ノ島』に、それはある。


実は、ここへ来るときに、その横を通っている。

その時の記事に使った写真……




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そう……この島だったのだ。

軍艦島……家族がいる人ばかりではなく、一人で暮らしていた人もいる。
朝鮮半島や中国大陸からの外国人労働者も多数いた……作業が嫌で、逃げ出した人もいたらしい。

そんな軍艦島で亡くなった人……無縁仏も多数、この島で荼毘に付され、埋葬されたそうだ。



人が亡くなると……棺を乗せた小舟で、軍艦島から中ノ島へと運ばれる。

その時は、普段使うドルフィン桟橋ではなく、別の桟橋からひっそりと舟を出した らしい。



棺を乗せた小舟が、波に揺られながら、ゆっくりと進んでいく……それを静かに見送る島の人々……

そんな光景だったらしい。



……





現在、中ノ島は定期便もなく、無人島になっている。

短い期間だが炭鉱としても稼働していた中ノ島
炭鉱時代の竪抗や、火葬炉・納骨堂などの遺構が、今でも島内に点在している。




当時、埋葬された人々……この島から、どんな思いで軍艦島を見つめていたんだろうか……










軍艦島の記事……もう少し続きます。

ありがとうございました。


プロフィール

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Author:WILD BOOKERS
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