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2016.11.29     カテゴリ:  九州 

   軍艦島・その3【九州編】




引き続き、軍艦島を歩いて見ていきます。





少し広いところに出た。



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左側に見える建物……これは『仕上工場』だ。
炭鉱で使われる物の製作や修理を行っていたそうだ。

もっと大きなL型の建物だったのが倒壊していき、この部分だけ残った状態になっている。











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2階部分……ここには工場の作業員のための、風呂と食堂があったらしい。

外部に階段があって、屋上に上れるようになっている。











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ここが歩いて行ける範囲の最終地点……右に写っているのが、上の写真にあった『仕上工場』
そして正面を見て下さい……黒っぽい7階建ての建築物……あれが『30号棟』です。


『30号棟』とは……
1916年(大正5年)に建設された日本初……そして日本最古のRC造(鉄筋コンクリート造)の高層アパートだ。

炭鉱で発展した島……狭い敷地……人口増加……
いろんな条件が揃って、このような建築物が必然的に生まれたのかと思う。



サイコロみたいな立方体に近い形…… 広角で撮ったので、建物が歪んでしまいました(>_<)
中心部には吹き抜けがあって、上から見ると、ロの字になっているそうだ。











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今年で、ちょうど築100年……ボロボロになりながらも、ちゃんと建っている。

屋上に、何本か出ている突起物……あれはカマドの煙突とのことだ。







違う角度から、アップで上の方を見てみる。





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表面が剥がれて、鉄筋が見えている。

あっ……開口部、レンガを積んで壁を作ってあったりするんだな……






下の方を見ると、



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左の小さい窓があるところはトイレ。

下……地面から少し見えている開口は、地下1階部分だ。







そのまま視線を左にずらすと……



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右…………………『30号棟』 (140戸)
中央の階段奥……『25号棟』 (6戸)
左…………………『31号棟』 (51戸)


う~~む……階段を上がっていきたい衝動に駆られる(笑)







『31号棟』を見上げてみる。



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この建物は、島の形の影響で、高い波が来る場所に建っているので、『防波棟』としての役割があったとのことだ。

特徴は……
・海側の窓……開口は他の棟よりも小さくなっている。
・海側は、直接住居ではなく廊下になっていて、壁も厚くなっている。




……










ちょっとここで問題を一つ。




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ここが、何だったか分かりますでしょうか……

・高さ1mちょっと、かな?……の壁があります。
・平らなコンクリートの床があって、白い点線があります。


奥にある、ゴロゴロした塊は関係ないです(^_^;)





……





答えは、





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はい、『プール』です。

たくさんの子供がいて、学校があって……でも、周りは海だけど危険なので海水浴ができるわけもなく……
プールがあるのも必然なんでしょうね。

当時、水は貴重だったので、海水を入れたプールだったそうです。



たくさんの子供たちが、楽しく遊んでいる光景を想像してしまいます。









軍艦島、さらに続きます。

ありがとうございました。

2016.11.24     カテゴリ:  九州 

   軍艦島・その2【九州編】



引き続き『軍艦島』を見ていきます。


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岸壁に沿って建つ、いくつかの小さい建物。

ここから右側は、すぐ海だ……これらの建物には、どんな役割があったんだろう。











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煉瓦を積んだあと、その表面をモルタルで塗り固めてあったのか……

煉瓦をモルタルで覆った壁は、この島のあちこちで見かける。











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ここは、石炭を選別するための装置が置かれていた『ブロアー機室』

装置自体は、もう無いようだ。











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ずっと奥まで瓦礫の山が続いている。











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壁の一部に穴があいてるよ……
この建物も煉瓦で作って、モルタルで固めてある。

この構造(煉瓦+モルタル)は、比較的初期に建てられた建築物らしい。
鉄筋コンクリートの建物が、最初から登場していたわけではなかったのか……










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これは『鍛冶工場』だ。
炭鉱で必要な器具を製作していたらしい。

階段……崩れる前に、駆け上がってみたい (笑)











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コンクリートの広い床の上に、煉瓦の塊が……
近くに壁なんて無いし、一体どこから落ちてきたんだろう。











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これは『貯炭ベルトコンベアー』……支柱だけが残っている。
精炭(精選された石炭)は、このベルトコンベアーで貯炭場に蓄えられ、石炭運輸船に積み込まれたらしい。







ん……こっちから見た方がいいかな……





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なんだか、カッコイイ……











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『浮選機室』……コンクリートの表面がはがれて、中の鉄筋がむき出しになっている。
コンクリートも、こうして朽ちていくんだな……

あ、後ろの壁……前回の記事で説明した、石積み工法で作ってある。










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鉱山の中枢であった『総合事務所』……煉瓦造りの建物だ。
色が白くなっているが、海からの風があたり塩分が付着して白く見えるらしい……

なので、強く雨が降った後はその塩が流され、綺麗な煉瓦色になるそうだ。




そして、この事務所の中には、炭鉱マンのための共同浴場があったとのこと。

なぜここに、鉱員の為のお風呂があるのか?




その訳は、この建物の右の方へ視線を移すと、分かってきます。





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画面右上の部分、階段を上がっていくところ……ここが『第二竪抗抗口桟橋跡』

この島の主力抗だった第二竪抗へは、この階段を上がって向かったということだ。



……








鉱員たちは毎日、ここからエレベーターで600mの深さまで降り、
そこから坑道で、最終的に海面下1000m以上の地点まで降りての作業だったそうだ。

気温30℃、湿度95%という悪条件の中、さらにガス爆発などの危険と隣り合わせの過酷な作業……



坑内は、絶対に火気厳禁……精神的な緊張も凄かったのは、容易に想像できる。

なので坑内では、『ご安全に』という言葉での挨拶だったらしい。








そうして、一日の作業が終わり、無事に帰ってこれたと安堵しながら降りてくるのが……





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この階段……なので『命の階段』と呼ばれていたそうだ。


そして、皆様に見ていただきたい……この階段を!
毎日、真っ黒に汚れた鉱員たちが歩いたので、階段が黒く汚れているのです。

長い年月が経っても階段は黒いまま……


そして、作業を終えた鉱員たちが、そのまますぐに汚れをスッキリ落とせるように、この下……総合事務所内にお風呂があるそうだ。



……








この階段を下り、まず海水のお風呂に入って汚れを落とし……
(なので、その海水の風呂は、真っ黒に汚れていた、とのこと)

その後、真水の上がり湯に浸かり……そして風呂から上がっていったそうだ。



一日の過酷な作業が無事終わり、温かい風呂に入る……

その気持ち……安堵感……それが相当なものだったということは、想像に難くありません。







軍艦島、まだまだ続きます(^_^;)

ありがとうございました。

2016.11.21     カテゴリ:  九州 

   軍艦島・その1【九州編】




だんだん軍艦島に近づいてきた。



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ようやく見せてくれたその姿……



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『軍艦島』

正式名称『端島(はしま)』
『軍艦島』という呼び方は、日本海軍の戦艦『土佐』に似てるのが由来です。


言わずと知れた、炭鉱で栄えた『島』

1810年(文化7年) 端島で石炭が発見されます。
そして1887年(明治20年)に第一竪坑が出来、炭鉱としての歴史が始まりました。



最初は今の3分の1ぐらいの大きさだったのですが、その後、6回の埋め立て工事により現在の大きさになっています。

それでも、東西わずか160m、南北わずか480m……周囲1.2kmのちっぽけな島に、
最盛期の1960年(昭和35年)には、5267人が暮らしていたといいます。

人口密度は当時の東京の約9倍で、世界一だったそうです。
多分……いまだに、その記録は破られていないはず……(^_^;)

凄い活気……パワーあふれる島だったのが容易に想像できます。



しかし……

1960年代に、エネルギーは石炭から石油へと移行し、出炭量の減少と共に人口も急減。
1974年(昭和49年) 1月15日閉山……そして同年4月20日に無人島になりました。



それから、40年あまりの月日が経ち……

2015年7月
軍艦島を構成遺産に含む「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」が世界文化遺産に登録されました。




……











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到着です……では、これより上陸したいと思います。











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岸壁の一部……四角い石が積み重ねられています。







近くで見てみます。



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これは、石灰と赤土を混ぜた天川(あまかわ)と呼ばれる接着剤を使った石積み工法によるものです。

この壁は、島のあちこちで見ることができます。








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全景を撮影した写真がありました。

これは……今、船で着いたところとは反対側になります。








もう1枚……



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こちらが今、着いた方になります。

それでは、この島に上陸して、どこを歩けるのか………この写真の左側を大きくして見てみます。










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まず画面右下……海にせり出した長円形の部分がありますね。
ここが1962年(昭和37年)に完成した3代目のドルフィン桟橋……船着き場になります。

そこから歩いて上陸し、広いところ……人がたくさん立っているのがわかりますでしょうか……
今、立っている場所……この写真(看板)があるのが、この場所になります。


そこから、白いコンクリートの道が左に向かって伸びています。

途中、岸壁の陰で見えなくなりますが、最終的に一番左の先端……
白い道が、少し広く、逆さまのL型になっているところ……ここまでなんです(^_^;)

なので、建物の中には入れないですし、この道から建物など風景を眺めるだけとなります……(・_・;) まぁ、わかっちゃいたけどさ……


まぁ、観光客の安全と、島の保護を考えると、しょうがない事なのかもしれません。









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はい、ここが先ほどの写真で、人がたくさんいた場所です。

ちょっとわかりにくいですが、左側の奥……青い帽子をかぶって遠くを指さしている人がガイドさんです。
マイクを持って、いろんなことを説明してくれます。

そして観光客は、3つの班に分かれて移動し、この道の道中……3ヵ所でガイドさんの説明を聞くことになります。



すみません……説明が長くなってしまいました。

それでは、見ていきましょう。




……










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広い場所だ……見渡す限り荒れ果てている。

大きなコンクリートの塊が倒れている………これはもう、遺跡って雰囲気だ。

画面左上、小高い山の上に立っているのが、1959年(昭和34年)建設の『3号棟』幹部用の職員住宅だ。







そして、ずっと奥に見える建物……



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あれが、1958年(昭和33年)建設の『70号棟 端島小中学校』

ここからは下の方が見えないが、7階建てだ。

その内訳は……
・1~4階―小学校
・5、7階―中学校
・6階―講堂、図書室、音楽室
・7階―理科室などの特別教室










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端島小中学校の海側……船の上から撮ってみた。
海側の7階部分はテラスになっているようだ。

ガラスも割れて無くなっているところが多い……









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屋根が、もう落ちている。

この7階部分は増築されたとの事なので、強度的に弱かったんだろうか……


この建物は、木製サッシだ……もうほとんどガラスが無い。
当時……この廊下を子供たちが元気に走っている姿を想像してしまう。

しかし、7階まで階段で上がるのは大変だったろう……ま、でも子供は元気か…(笑)








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こちらが、先ほども紹介した、1959年(昭和34年)建設の『3号棟』幹部用の職員住宅。

ここは、各戸にお風呂が付いていたとの事……共同住宅で風呂付きは、この3号棟だけらしい。









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ベランダが落ちかけている……

ここは高い位置に建っているので、見晴らしは良かっただろう。

しかし、相当風が強かったんじゃないかな……
サッシ自体が、吹き飛んで無くなっている部屋が多い。








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コンクリートの塊が今にも落ちそうだ……あれは、屋上の塀かな……

いずれ、あれも落ちていくことだろう……












軍艦島……続きます。


ありがとうございました。

2016.11.17     カテゴリ:  九州 

   いざ、あの『島』へ!【九州編】




ずっと前から行きたかった場所がある。


誰でもそんな場所、一つや二つあるよね。



……










とうとうこの日が来たか……まずはここに行く。



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『長崎港ターミナル』です……カッコイイ建物ですね~~

では、そこにチケット売場があるので行ってみましょう。










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中は、こんな感じ……目的地のチケット売場が右にあります。









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はい!『軍艦島』であります。





では、早速行きたいところですが、はやる気持ちを抑えまして……

この『軍艦島クルーズ』……どんなシステムになっているか、ここで少し説明させていただきます。



まず、料金や出発時間などを……

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『上陸コース』『周遊コース』がありますが、今回は当然『上陸コース』を選択しました。


ここで一つ肝心なのが、『上陸コースでも、必ず上陸を保障されているわけではない』ということです。


そう、『天候』なんです。

雨はいいんですけど、風……波が高いと、船を岸に着けれなかったり、
また安全面に問題があるため、上陸できないんです。

こればかりは『運』です(・_・;)



あと、上に赤い文字で書いてありますが、『全便完全予約制』です。
かなり人気があるので、人数次第ですが団体だと予約がなかなか取れなかったりします。

私たち(18名)は今回、2か月ほど前に予約しました……それでもなかなかチケットが取れる日が無かったです。



そして、1日に2便ありまして、1便が9:00、2便が13:00です。
どちらかというと、午後より午前の方が天候が穏やかな日が多いとか…… 責任は持てませんが…(^_^;)



あと、誓約書(注意事項を書いてある)に、署名が必要です。
内容はあまりよく覚えてませんが(^_^;)、いくつか注意事項を挙げるとすれば……

・アルコールを飲んでると上陸禁止 ←―別にチェックがあるわけではないです (^_^;)
・ハイヒールなどかかとが高い靴、草履、サンダルなどは不可
・小学生未満の者、未就学児は上陸できません(乗船はできるので、保護者と船で待機となります)
・日傘や雨傘の使用は禁止、雨カッパは各自で用意


あとは、常識的な行動を……という感じです。





それでは、行きましょう~~♪





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この船に乗ります……結構大きな船です。

定員221名……私は午後の便だったんですが、ほぼ満席との事でした。



あ、そういえば……チケットは予約制ですが、座席は自由なんです。
ということは、好きな席に座りたいときは、早く並ぶ必要があります。

午後の便は、出航(13:00)の1時間前からチケットを受け取れます。
なので、お昼12:00過ぎにチケットを受け取り、そのまますぐ並ぶことにしました。







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他のお客さんは、まだ誰もいません……先頭をゲットできました。











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船を見ると……2階建てです。

下は窓が嵌まってて開かないようです……上は屋根と手摺りだけ……
これは、開放感のある2階に行くしかないでしょう!










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うん……天候はいい感じだ。

風もあまりなく、海は穏やか♪
でも、沖に出てみないと波の状況は分からないけどね……




さぁ、乗船の時間です。

船に乗り、1階のフロアを抜け、船の後ろから2階に上がります。








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右舷の一番後ろの席に着きました。








では、出航―――\(^o^)/




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おぉ~~結構速いじゃないか! 潮風が気持いいわ~~~~♪

長崎港から軍艦島まで、直線距離で約19km……時間にして30分ほどのクルーズです……楽しんで行きましょ~~




……






そういえば長崎港は、造船所がたくさんあるんです。




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うおお~~でっけえ船~~~~!!!Σ(゚□゚)

まるで、ミニチュアの港に、スケールを間違えて作った船の模型を無理やり置いたような違和感があるぞ~~(笑)








少し進むと……




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ひゃあ~~これまたでっかいクレーンだ~~~~(゜o゜)
この大きさ、伝わりますでしょうか……(^_^;)

これは『三菱重工香焼工場』の、通称『100万トンドック』です。

世界最大級の大きさ……コの字のアーチの中に、国会議事堂がスッポリと収まる大きさだそうです(@o@;)



もう、大きさの感覚が分からなくなって、クラクラしてきたよ(笑)










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そうこうしてるうちに、船は進みます。

小さな島が、いくつも見えてきます…………まだか…まだか……まだなのか……









あっ!!!






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手前の島の陰から見えてきた、建物らしい島……あれか?……あれなのか!?










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出た―――っ ヽ(≧∀≦)ノ

間違いなく『軍艦島』だ―――!!!


テンション上がるわ~~船の中の空気も盛り上がってまいりました~~!!!





どんどん近づいていきます。




気付くと目の前に……










ずおお~~~~ん!!!




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ぐ…軍艦じゃ……軍艦じゃ~~~~!!!


くぅ~~あまりのカッコ良さに、腰抜かしたわ……(笑)

これはもう…あまりにも軍艦………絶対、狙って作っただろ!ってツッコミたくなるくらい…………軍艦だわ(笑) ←―もう自分で何を言ってるのか…(^_^;)












波は穏やか……間違いなく上陸出来そうです。 この時、心底ホッとしたよ……(^_^;)

軍艦島のお話、もちろん続きます。


ありがとうございました。

2016.11.13     カテゴリ:  九州 

   長崎いろいろ【九州編】




『長崎市亀山社中記念館 』を出まして、ここからまだ歩いて下っていきます。




それでは、行きましょう~♪




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くねくねと曲がりながら、狭い階段の道は続きます。

道自体は本当に綺麗です。










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やっと広い道に出ました……こんな看板があります。

あ、そうか……こっちからも上がれるもんな。
でも、ここからだと上っていくのは大変だよ……(^_^;)







少し歩いて行くと……





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ありました……『眼鏡橋』です。

2連のアーチ形状が、水面に写って眼鏡に見える……ってことですね。


1960年(昭和35年)に国の重要文化財に指定されたそうです。











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川の両側、下に降りれるようになっています。

あれ?……左側の石垣に子供たちが集まってますね……行ってみましょう~~




……





中学生の女の子が、ワイワイ言いながら写メを撮っています。

いい年したオジサン(私)も、順番を待って写真を撮りました(笑)






これです。







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はい!ハートの形の石が埋まってるんです(^_^;)

むふ♡…これで、いい出会いがあるかも~~♪………………って、年頃に戻りたい…(爆)






……





それでは、ここからバスで移動します。

行った先はというと……






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ここ……『長崎新地中華街』です。











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賑やかです……両側に中華料理の店や、お土産物屋さんが、ずら~~っと並んでいます。

中国の人が、たくさん来ていました。










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店の前には、龍の置きものがあったり……










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おぉ~~蒸したて、ホカホカ、熱々です~~(*^o^*)

肉まんかな?……と思いながら、反対側から見ると……











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そうです、ここは長崎でした……これは『角煮まん』です~~

この後、中華料理店でお昼ご飯を食べまして、そこでも『角煮まん』が出てきました。
熱々の作りたてはホント美味しいです。







お土産物屋さんを見ると……




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十二支のキーホルダーだ。
……羊…猿…鶏…犬……豚…………ぶ、豚ぁ~!?(@o@;)


十二支の最後……中国じゃ『豚』なのか……知らんかった(^_^;)






✿✾❀✿✾❀✿✾❀✿✾❀✿✾❀✿✾❀✿✾❀✿✾❀✿✾❀✿✾❀

さて……九州のお話も、だいぶ間延びしてまいりました(爆)
見ていただいてる皆様方も、大変お疲れのことと思います。


しかし! 九州は長崎の旅……まだ続くのです。








次回、ようやく……ようやくあの『島』へ……向かいます。


ありがとうございました m(__)m

2016.11.09     カテゴリ:  九州 

   龍馬の気分で……【九州編】




さて、『長崎市亀山社中記念館 』です。



早速、中へ入りましょう。





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小さい建物です……この部屋だけが撮影OKでした。






では、見ていきます。




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まずは『紋服』(複製)です。

龍馬の身長は173cmだとか、182cmぐらいだとか……いろいろ説があるようです。


胸にあるのは坂本家の家紋……『組み合い角に桔梗紋』です。











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『ブーツ』(再現)です。

よく見る龍馬の写真、ブーツを履いた姿が写っています。

このブーツ、グラバーから贈られたもの……という話もあります。









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『ピストル』(複製)と、刀『陸奥守吉行』(複製)です。

ピストルは、高杉晋作から贈られたもので、
『寺田屋事件』の時、このピストルで応戦し、難を逃れています。



そして、陸奥守吉行……龍馬は、京都の近江屋で暗殺された時にも、この刀を持っていました。

しかし襲われた時、床の間に刀が置いてあり、それを取ろうとしますが、
応戦する暇もなく……最後に刺客に額を深く斬られてその場で絶命します。












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襲われた時に、部屋にあった『屏風』(複製)です。

龍馬が斬られた時の血痕が、左下の猫の辺りに飛び散っています。



なお、『紋服』『陸奥守吉行』『血染めの屏風』本物は、京都国立博物館に所蔵されています。







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亀山社中のメンバーの名前でしょうか……

ん?……右上、龍馬の隣に、『陸奥陽之助』という名前がありますね。
この人は後の『陸奥宗光』……第2次伊藤内閣の外務大臣も務めています。




……











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玄関の外に出ました……向こうに見えるのが入口の門です。

そう言えば、ここの近くには、アレがあるはず……行ってみます。




……







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『龍馬のぶーつ像』です(^_^;)

実際に履いてもいい……と書いてある……









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ホントにブーツだけ……(^_^;) まぁ、舵もあるけど……

龍馬もここに立って、長崎の街を見たんだろうな。






でも、こんなの見たらさ、当然……











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こうなります(笑)……もう、履くしかないですよね~~(^o^;)

空き箱見つけた猫みたいなもんだわ(爆)



……




スッと立って、前を見る。





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ここから見る景色……












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龍馬は、どんな想いで見ていたんでしょうね……









ありがとうございました。

2016.11.06     カテゴリ:  九州 

   長崎に立つ!【九州編】




バスで長崎の街の坂道を、結構上がってきました。


そこには『風頭(かざがしら)公園』がありまして……
ここからバスを降りて、歩いて下っていきます。



ん~~朝の空気は気持ちがいいです。




あっ……あそこに人が立ってる。





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おぉ~~なんという堂々とした立ち姿!

誰だろう……





そお~~っと、横に回ってみると、






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しっかりと未来を見据えているかのような、その人物とは……












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はい……坂本龍馬です。

幕末の長崎で、いろいろ活動をしていました。











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龍馬の銅像……こんな感じで建っています。









足元を見ると……




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はい、龍馬と言えば、ブーツですよね~~

残っている龍馬の写真にも、ブーツを履いた姿が写っています。












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赤と白の旗が掲げてあります。

これは、龍馬が中心となって結成された組織……『海援隊』の旗です。





坂本竜馬は、この長崎の地で『亀山社中』という商社(と言えばいいのか……)を、興しました。

ちなみに、『亀山』という地名と、仲間・結社という意味の『社中』からとって、『亀山社中』という名前になりました。




この公園から、歩いて下って行ったところに、『長崎市亀山社中記念館』があるので行ってみましょう。









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結構歩いてくると、途中から狭い階段の道になります。

『龍馬通り』と名前が付けられています。



ずっと向こうの低いところに、街が見えています……ここが結構高い場所にあるのが、分かるかと思います。



そして、この道の両側にたくさんの民家が、くっつくようにして建っているんです。


狭い階段の道なので、車はおろか、自転車さえも入ってこれません。

徒歩でしか家に来れないんで、ご高齢の方とかは結構大変じゃないかと思います。











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少し平らな道になりました。

左の柵よりも低い位置に見えるのが、隣の家の屋根です。

いかに傾斜地かというのが想像できます。







数百メートル歩いてくると……







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ようやく見えて来ました。











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『長崎市亀山社中記念館』です。

次回、この中を見ていきたいと思います。









ありがとうございました。

2016.11.02     カテゴリ:  九州 

   あぁ…なんという……【九州編】




1945年(昭和20年) 8月9日 午前11時02分





その瞬間……数万人の命が一瞬にして……










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長崎市に投下された原子爆弾……コード名『ファットマン』

上空500mで爆発したそれは、広島に投下された原子爆弾の、実に1.5倍の威力だったといいます。



・爆発と同時に、空中に摂氏数千万度ともいわれる火球が発生

・火球から放射された熱線の影響で、3秒ほどの間に地表面の温度は、摂氏3,000~4,000度に到達

・爆心地付近では、あまりの高熱に内臓の水分さえ蒸発し、一瞬のうちに身体が炭化

・その衝撃波は、辺りのあらゆるものを粉砕

・爆心地での爆風、最大瞬間風速、秒速440m……半径1km以内の木造家屋は原形をとどめないくらいに破壊













現実なのです……














それから、71年が経ち……





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ここは長崎市にある『平和公園』

課外授業でしょうか……たくさんの子供たちが来ています。





爆心地から、この公園敷地の一番近いところまで、約100mだったそうです。



爽やかな空……心地いいそよ風……子供の声……

昔、そんなことがあったなんて想像もつかない感じです。










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平和への願いの象徴『平和祈念像』……優しい顔です。(高さ 9.7m)


手や足、このポーズには意味があります。

・天を指した右手は『原爆の脅威』を……
・水平に伸ばした左手は『平和』を……
・横にした足は『原爆投下直後の長崎市の静けさ』を……
・立てた足は『救った命』を……
・軽く閉じた目は『原爆犠牲者の冥福』を祈っています





それでは、少し歩いていきましょう。








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地面に、コンクリートの跡があります。




ここは、何かというと……










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爆心地にもっとも近い公共の建物……『刑務所跡』なんです。

原爆によって、中にいた134名全員が即死……建物も粉砕全焼した……と書いてあります。











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公園内のあちこちに、いろんな像があります。











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鳩……平和の象徴ですね。






さらに歩いて行くと……








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こんな池がありました。











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痛ましい霊に水を捧げて、冥福を祈るために建設された……とあります。




……





池の反対側に回ってみます。








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ずっと向こうに、平和祈念像が見えます。

そして、下の黒い御影石を見てください。



のどが乾いてたまりませんでした
水にはあぶらのようなものが 一面に浮いていました
どうしても水が欲しくて
とうとうあぶらの浮いたまま飲みました


水を求めてさまよった少女の言葉が刻まれています。




水を欲するたくさんの人々……

原爆で焼けただれた人は、「水……水を……」と言いながら死んでいったそうです。




……











あっ……



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陽が射してきました。

光に照らされた平和祈念像……見てると心が落ち着き、勇気や希望が湧いてきそうです。



……




原爆……子供の頃、学校の授業で聞き、その後いろんな情報を見聞きしてきましたが、

爆心地のすぐそばの平和公園……今、立っているこの地が、あんな地獄のような状況だったなんて……






実際に、この地に立つと、改めていろいろな事を考えさせられます。











ありがとうございました。


プロフィール

WILD BOOKERS

Author:WILD BOOKERS
富山県在住。
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